昭和五十六年十一月二十九日 朝の御理解
信心の心得 「陰と日なたの心を持つなよ」
今朝方、私はおもしろいお夢を頂いた。というのは、腹を立てると言うことがこんなものだという。この頃はらを立てると言うことがなくなっておる自分ですか、それが、今日、ゆめの中で、カンカンに腹をたてておる、というお夢であった。「何か、食堂をしておるようである。お客さんが一杯あっておる。私はお腹を空かして、もう食事の準備をしてくれるだろうと思って、待っておるけども、食堂ですから、お客さんの方じゃ、一生懸命サ-ビスしておってるんですけども、なかなか私の所へ食べ物を持って来てくれない。お腹はもう、ペコペコです。そこで一辺りお客さんが立たれましたから、早く、ご飯をくれないかと、私が申しましたら、上品な女中さんみたいな人がご飯をついできてくれた。まあ、食べ物屋の主人の亊だから、まあ、沢山、上品についではいけん。あの、上品につがなきゃいけない、と思ったのか。真っ黄い沢庵をどんぶりの底に一杯敷いてあって、その上にこれは私の好きな、小豆ご飯をほんのちょこっとばかり、盛ってある。それで私は、ひもじいもんですから、たくあんをバリバリと頂きながら、もう一口のご飯を頂いて、家内が来たなら、家内をやかまし言うちゃろ、と思うけども、家内がおらん所はひょろひょろ出て来てから、あ-、ほんに今日は都蝶々の芝居があるとやったと言って、裏のテレビのあるとこさん、つ-っといってしまった。私は雇ってある女中さんですから、家内にやかまし言うように言うわけにもいかんもんですから、心にはもうカンカン腹を立てとりながら、おる」と言う所で、ジャン、ジャン、ジャン。三時の時計。私は三時にいつも時計が鳴るように、今してあるんです。いつもその時計の鳴る前に、目覚ましのおかげを頂くンですけども、今日はそういう夢の最中に時計で起こされた。真暗で、電気を消してやすみますから、私が左の耳が全然聞こえませんから、左の方で鳴りよっても、右の方に鳴っておるように聞こえるんです。もう、ここは目が覚めておるとこ。そのジャンジャンいうとやかましか、止めようと思うてから、一生懸命、こうこう時計を暗すみでさがしますけども、ありませんもん。何のその反対の方ばかりこうこうやって、手探りしよっと、ま-た、それが腹立たしくてね。そんな亊で今日は目が覚めた。そうしたお夢を頂いて、私は今日は思わせて頂いたの出好けども。今日の御理解じゃないですけども「陰と日なたの心を持つなよ」とこうある。というのは、いつも日なたのような、にあるような生き方をせよ、と言う亊ではないと思うんです。陰には陰の生き方があり、日なたには日なたの生き方があり、そこを教祖は何事にも信心になれよ、と教えてあります。よくあの日とは陰日なたのない日とだというふうにもうします。いわゆる真面目である、ということなんです。勿論、真面目であらなきゃなりません。人の見ておる所では、いかにも真面目にやっとるようであって、人が見てないともう、不真面目である、というような亊であってはならない、と言うことでありましょうけども、人間が人間らしう生きていくと言う亊の中には、やはり明るい所もあれば、暗い所もある。明るい所には明るい所のあり方があり、暗い所には暗い所の生き方があるんだということであります。私は今日思いましたが、もし腹立ちもない世界というような世界というのは、ある意味あいにおいては、無味乾燥ではなかろうか。と味気のないものではなかろうか。そして私が最近、おかげを受けておることを、ふう-っとこう、おもうてみるんですけども。第一あの、悲喜こもごもというこう、ね。悲しい亊やら、うれしいやらね、いつかは何か、映画のあれがありましたよね。悲しい時も、嬉しい時もといったような題やったように思うんですけれども。悲しいことも、嬉しい亊もまたは惜しい、欲しいということも、憎い、可愛いと言う亊もあって、初めて人間が人間らしゅうと言う亊になるのではなかろうか。それに引き換え、最近の私の心の状態には、第一その悲喜こもごもというのがなくなっておる。悲しい亊だとか、嬉しい亊がなくなっておる。第一惜しい、欲しいもなくなっておる。憎い、可愛いなんかも段々影がうすくなってきておる自分に、今日は改めて気づかせて頂いたんですけども。これじゃ人間が人間らしゅうないなあ。結局お道の信心が生神への精進と言われるますから、もう本気で生神はの精進をさして頂いておる、今日この頃。私の心の状態というものは、もう人間らしさを失われていっておる。そしてここ数年、こう思ってみるんです。私は人間の悲しみと言えば、まあ、親を亡くすという亊だろうと思うんですけれども、親を亡くした時にも悲しみがなかったです、そういえば。子供が普通でいうならば、まず百の助かりがあるなら、九十九はもう駄目だと言われた、幹三郎の肉腫の時なども、驚きもしなかったし、死ぬる、生きると言う亊をあんまり感じなかったように思う。丁度修学旅行というので、学校で検診があるわけですね。校医のかたが見えて、幹三郎、こりゃ、ただの病気じゃない。これは病院に行かれない、あの、旅行には連れていかれないという亊であった。それが不思議に同一であった。田主丸の小野先生の所に電話がかかってきた。山辺の何とか先生。ひまわりのお父さん。あっ、西見さん。西見病院の院長から、小野先生の所は電話がかかってきた。それがちょうどその前日、遊びにいっとったらしいです。そん時にあちらの院長先生が幹三郎のを見てこれはただの病気じゃない。というのですぐ、小野先生がここへ毎日参ってきとる、とん、お前達は医者であってから、ア-言う、教会に御病人がおられるのに、ほっとくのかと言うて、えらいやかましく言うて見えたらしい。そいから、小野先生がやかまし言うてきました。と、同時にその日、ある亊で当時の医大におられた、富永、耳鼻科の先生ですよね。富永佳子さんのご主人がその亊を聞いて、私の知らない間に野口さんが、いわゆる娘婿の富永先生に話されたら、もう富永先生が当時、小倉に行っとられたけども、それこそびっくりして見えられた。丁度そん時に、高芝さんが夕方、参ってみえておって、あの人が立ち会いの元にここで診察なさった。もう、それこそ持ってるものを取り落とすように、顔色が変わったというですね。そしてそれを、お母さんの野口さんに言われた亊は、今度のお教会のお子さんの病気は、ただの病気じゃないですよ。と、百のものは、もう九十九は駄目なんですけれども、一つ奇跡が鋸っておるだけですから、お母さんしっかり信心して下さい、と言われたというのです。まあ、病院に行きましても手遅れというて、もう大変やかまし言われて、この人の親父の顔が見たいと先生方が言われたと言うくらいです。そういう時であっても、私は一つも驚かなかったように思うんです。親の情を使わなかった、とはこんなもんだろうか、と思う暗いにまあ、いうならば淡々としておる。そういうようなことを今日は、ず-っと思うてみたんです。両親が、父が九十三でなくなりましたが、九十三の年まで福岡の海辺、福岡橋の相撲見に行きましたがね。母もまあ、九十近くで半年後に亡くなったんですけども。そん時の子とをこう、ず-っと思うてみて、只あるのは有り難いというだけであって、悲しいとか、親と別れる苦しみといったようなものが、全然なかったように思うんです。これは私は人間を卒業しとっとじゃなかろかと今日、また改めて思うてみたんです。昨日、若先生が私の部屋へやってきて、色々報告をしてくれました。中に、今、合楽教会では、月々、五百万の金が、経費がいってるんです。どうしてそげんいっちょるの、ち。私は二百万位はいっちょろばってん、五百万もいっよるとは思わなかった。それに銀行に一千万近くづつ、毎月払うていかんならんのが、な、どこに、どう誰に言わんなりに出来ていっておると言うことを聞かせて頂いて、まあ、普通ならちっとそれは始末、倹約せないかんばいと、どうかいうような心を起こるだろうと、思ったけども、そういう心も、そりゃおかげ頂いとるもんじゃあんの、そればってん、ち、言うただけであった。思うてみるのにね、確かに生神を目指すという亊がお道の信心の焦点なんですよね。生神とはここに神が生まれるのであって、という意味の生神ですよね。ここに神が生まれると言う亊がこう、誕生し続けておって、その生神がいよいよ育っていっておる様子というものは、ハハア-こういうもんなんだなあと思いました。今朝のお夢の中にもう、それこそ腹立たしい。もう腹が立って、それがほんなら、どうでしょうか、そん時に家内がおって家内に、やかまし怒って、はあ、どうもすみません、というてご飯をもって来てくれたり、そして私は、沢庵だけでバリバリたべながら、何か、にしめか何かないか、と家内に言おうと思うばってん。まあ、女中さんだから、遠慮してから、沢庵だけでご飯頂いとるという中にあってですね。なら、にしめはないかと言うと、にしめは持って来る。ご飯は一杯ついでくれというて、腹一杯食べたら、おそらくその腹立ちというものは、一辺に消えてしまう腹立ちだろうとこう思うんです。そして思う亊はたった人間のこの食べ物のこんな亊でこげん腹を立てて、まあ、本当にはずかしい亊だ、と思うただろうと思うです。たったこの位な亊で腹を立てて、私は本当に人間が人間らしゅう生きるという亊も、それこそ、喜びもなからなければ、悲しみもない。惜しいもなかなければ、欲しいもない。憎い、可愛いも段々影をひそめて来ておる、という生き方の中にある私。いよいよこう、無味感想な、そうですね。例えば、第一私はどこは行っても沢山な尾ご馳走をこう、この頃でも、行橋でもそれこそ、山海の珍味が目の前に、応接台一杯並べてありましたけれども箸が動かないです。食べようと思わないです。そしてどこかのお婆さんが、親先生がおからが好きだからというので、おからをにて来てあったのと、茄子の何か、辛子和えのようなもの、それを頂いただけだった。もう、お刺身一切れだって頂かなかった。食べたくないんです。こらはいよいよ地獄に行っとるやろ。地獄に行ったといったらね、もう、それこそどんなに、山海の珍味があっても食べられない。食べられないという亊が、食べたいと思うけれども、それが汚いものに変っていくというのが地獄だそうですから。私の場合はそうではない。ただ食べたいと思わないだけの亊。そして、今ここ、皆さんもご承知のように、私は二食。ここは皆、二食ですけれども、茂、お粥さんが一番おいしい。だから私はこういう沢山なおご馳走の中にあっても、それを食欲もおこらんちいうのは、こげんとが地獄に行っとるじゃないやろか、と思う位に、この頃は食べ物一つの上にも、もう何でも良いというか、むしろ質素なものがおいしという感じなんです。今日のお夢の中では、もうお腹が空いて、空いて、それこそ沢庵をバリバリ頂いておいしいと思って頂いてる。小豆ご飯も。けれども確かに、ある意味においては、もう無味乾燥なものですね。只あるのは信心の喜びと驚きだけです。いうなら、悲喜こもごもと。悲しい亊も、喜びもないというが、嬉しいということもない。只あるのは有り難いというだけなんです。しかもその有り難いというのが、ここでいう一切神愛という亊がいよいよすっきりと分かれば、分かるほど、親の死にあっても、子供がもう、生か死かわからんというふうな亊を聞いてもです、それが一切神愛と段々、本当に分かってくるとです。私はこれは、私の実験実証談ですけれども、両親を亡くした時でも悲しみがなかったという亊。子供がいよいよむつかしかと、例えば言われてもです、驚きもなかったと言うこと。それはどういう亊でしょう。例えば、生きるも死ぬるも、この神様のおかげを頂かなければ出来る亊ではない。良し悪し、一切の亊が神愛の現れである、と言う亊が本当に分かってきたらそういう亊になる。これは今、私がお話をしましたが、これがもっと、もっとすっきりとしてくるに違いないですがね。いよいよ生神を目指すというが、という亊は人間が人間らしくなっていくと言うことです。腹を立てることも、悲しむ亊も、喜ぶ亊も人間らしいということではありますけれども、なら、ここでいう人間が人間らしゅうというのは、我情我欲で生きてよいというのではないのです。欲をいうてはならん。情を言うてはならんというのじゃないです。只、我を取れというのです。我情を取れ、我欲を取れというのです。ですからいよいよ本気で我情を取り、我欲を取る精進をさせて頂いておるとね、今私が聞いて頂いたような状態になってくるんです。そして惜しいもなければ、欲しいもない。憎いもなければ、可愛いもない。勿論悲しみもなければ、喜びもない。もう、こんな馬鹿げた、例えば人間性と言うものをなくしていってしすというのは、むしろ悲しい亊ではなかろうかと思う位にあります。けれども、なら、あるものは驚きと喜び。いわゆる驚きと言うのは、恐れ入った日々という亊なんです。そしてそれは奈良、嬉しいというのではなくて喜びなんです。それはどういう亊かと言うと一切神愛と言うことを言葉で言うだけではない、もう、身体で、心で体験して、実験実証してきておりますから、例えばそれは親が死ぬると言う亊であっても、子供が死ぬると言う亊であっても神愛だ、というものが、本当にわかってくる時に、今の私の心の状態といったようなもの、しかも、それはねいよいよすっきりとした、垢抜けしたものになっていく亊であろうと思いますけれども。結局、信心とは喜びひとつを求めていく亊です。有り難いというものを求めていく亊です。有り難い日々を過ごさせて頂く稽古なんです。それには陰と日なたの心をもつなよ、という。勿論それは、何事にも信心になれと仰せられるのですから、何事にも信心になるという亊です。人の見ておる前では一生懸命やる、人が見てなかったら、しだごだにするというような亊ではいけないよ。と言うことでもございましょうけれども、今日は私は、この陰と日なたと言うことは、陰には陰。日なたには日なたの生き方、あり方があるという亊を今日わかって頂きたい。それをなら、何事も信心になれよ、というその生き方の中にです、段々分からせて頂く亊は、いわゆる一切神愛という亊なんです。その一切神愛がわかってくるとです、確かに、その人間らしさというものはなくしていきます。なくなっていきますよ。これは私が良い体験です。今日の夢の中での、その腹立ちをですね、私の心の中にもまあだ、こういうものが潜在しておったんだろうかと、私は思わせて頂いたんですけども、そういうものではなくて、今日の私の夢の中の腹足立ちというのは、これ位にも、お前はおかげ受けておるぞ、という。何かそういうものをはかりにかけて、見せて下さったような感じがいたします。そして、ここ十年余りの亊を振り返ってみて、両親の死にも合い、子供のそういう大難にもあった時の亊を思うてみてです、成程そういやァ、私、親が死んだ時にそんなに悲しい亊なかったなァというね。皆さんもご承知のように、兎に角、年よりが腰をもんでくれ、肩をもんでくれ、ということがなかったですからね。私の方はそれでいて、私が撫でさすりしてやったわけでも、何でもないけれども、神様のおかげを頂いて九十三までも、しかも九十三の福岡場所まで見せて頂ける位に元気であった。母は、皆さんもご承知のように、病みつく二カ月前までは、毎朝ハイハイしながらでも、必ずここは出て、一番正面に出てきて、私の話をいちいち合点しながら聞いておった。もう、お広前に出てこれんようになったら、テ-プを、朝の御理解を頂かせてくれというて、日に何回も私のテ-プを聞いて、それこそ有り難い、有り難いでどこが痛い、痒いと言う亊はない。只休んでおるわけ。ですから私自身、手をたけて親孝行は出来なかったけれども、神様が親孝行さして下さったという、神愛の中にあったと言う亊が、親の死と言う亊に直面しても、悲しさと言う亊でなくて、むしろ有り難い。九十三までもお生かしのおかげ頂いて、有り難いの方が、確かに強かったんだと言うふうに思うんです。だからね、これはひとつの手本のようなもんですから、そういう状態にもなっていけれるんです。そういうふうになっていきゃ、もう人間らしさもなくなって、無味乾燥と、まあ言えない亊もないけれども、そうではない。それこそ無味乾燥どこではない。有り難いという心の中にある、人間の幸福の全て、というものが、その中にあるんですから。やはり恐れ入った日々、いうなら信心の驚きと喜びです。いわゆる有り難し、の一念。だから、この一念をやっぱ目指すと言うことは、やはり生神を目指すという亊だとおもうんです。いかに生神と言うても、生神様とまあ、例えば世の中にありますよね。千里眼的な、人は生神様というような風に言うけれど、そういう生神とは違うんです。人間の幸福の条件の全てが足ろうてくると言う内容。金光大神のいわゆる金光大神の世界というものは、それにはいよいよ私共が、陰と日なたの心を持ってはならない、と同時にというて信心はむつかしいというのではなくて、陰には陰、日なたには日なたのあり方があることを合楽理念は解きますね。そいう、これは、皆さんにおわかり頂いたか分からんけども、私が今日のお夢から、そして私が現在おかげを頂いておる状態をこう対比しながら、ハア-人間の心というものも、いうなら本気でその気になるとこんなに高められるものだなあ-、と言うことを、いよいよ今日、実感いたしました。皆さんも、例えば、信心のなかった、一年前、又は十年前の亊を思うてごらんなさい。もう、本当に素晴らしい。いうならば向上をとげております。だからそれをいよいよ私は高めていく中に、陰、日なたのない生き方というものが、生まれてくるんじゃないかと思います。              「どうぞ。」